平成時代の日本ジム所属 最強ボクサーは誰だ? PFPランキング

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ついに平成も終わりを告げて、令和元年を迎えました。

私は平成時代に、海外のボクシングを含めて、歴代の日本人ボクサー余さず見続けてきたボクシングファンの一人です。

平成時代には、数々の名王者が誕生し、私たちボクシングファンを幾度となく熱狂させてくれました。

見ているファンを感動の渦に巻き込み、私の記憶にはっきりと焼き付いたボクサーは数多くいました。

今回は、平成時代の日本ボクシングジム所属である(元)世界王者達を、私の独断で勝手にランキング付けしてみました。

 

10位 畑山隆則

畑山隆則は、世界タイトルを獲ることさえ困難な激戦区である、スーパーフェザー級とライト級の2階級を制覇しています。

畑山隆則を語る際に、絶対に欠かすことができない試合は、VS坂本博之戦をおいて他にないでしょう。

坂本博之は「平成のKOキング」「和製デュラン」の異名を持ち、強烈な左フックを武器に持つハードパンチャーでした。

当時試合予想は、五分五分の声が多かった中(私も五分五分の戦いになると予想していました)、テクニックとスピードで翻弄し、最後は不沈艦と言われた坂本を劇的なKOで下しました。

畑山は世界的に見ればPFPボクサーではありませんでした。しかし彼の決して下がらないファイトは、私たちファンを大いに楽しませてくれました。

 

9位 辰吉丈一郎

辰吉丈一郎は、私の中では伝説のボクサーです。

数多くの心に突き刺さる言動と、打たれても下がることのない勇猛果敢なファイトは、たくさんの人に勇気と感動を与えてくれました。

これだけ人を感動させることができるボクサーは、後にも先にも辰吉丈一郎だけでしょう・・・。

アウトボックスできるテクニックとスピードを持ち合わせているにも関わらず、ガードを下げ、敢えて相手の懐に飛び込んでいくスタイルは、毎回私たちファンをハラハラさせてくれましたね。

実力は決してナンバー1ではありませんでしたが、私の中では最も記憶に残るボクサーです。


8位 山中慎介

黄金のバンタム級を12回も防衛したスーパーチャンピオンです。

私が山中慎介を始めた見た試合が、VSビック・ダルチニアン戦でしたが、正直ダルチニアンには負けると思っていました。

しかし結果は、後に「神の左」と呼ばれる左ストレートをダルチニアンに幾度となくヒットさせ、12回に渡り完封勝利しました。

その後も「神の左」でKOの山を築き、気づけば黄金のバンタム級を12度の防衛に成功した偉大なチャンピオンになりました。

 

7位 西岡利晃

デビュー前からその才能は高く買われていましたが、デビュー2戦目でKO負けを喫し、長きに渡り華が咲かない不遇の時代を過ごしてきました。

一時は「スパーリングチャンピオン」等と揶揄されることもありましたが、試合本番でもその実力をいかんなく発揮できるようになり、ついにはあのウィラポンに挑戦が決定しました。

しかしウィラポンの1戦目は判定負け、2戦目は引き分け、3戦目も引き分け、4戦目は判定負けと、ウィラポンと4度戦うも、全て世界タイトル奪取には至りませんでした。

私を含め誰しもが「西岡は終わった」と思いましたが、それでも西岡は諦めずキャリアを積み重ね、ついにはスーパーバンタム級王者にまでたどり着くことができました。

西岡も山中同様、その切れ味鋭い左のパンチは「日本刀」に例えられるなど、左ストレートが魅力の選手でした。

 

6位  川島郭志

世界スーパーフライ級王座を6度防衛したスーパーチャンプです。

川島郭志はアンタッチャブル(触れさせない)の異名をとり、相手のパンチを寸でのところで見切り、自ら顔をひねって相手のパンチを殺す「スリッピング・アウェー」を認知させたボクサーです。

その卓越した防御テクニックは、ボクシングファンでなくても魅了させたほど華麗なものでした。

川島の魅力は防御テクニックだけに限りません。

右利きのサウスポーで、右のパンチはタイミング、威力共に抜群のものを持ちKOの山を築いていました。

当時は、1階級下の王者である勇利アルバチャコフと、幾度となく対戦が噂されましたが、結局実現はされませんでした。

 

5位 ホルヘ・リナレス

ホルヘ・リナレスは、平成と令和をまたぐボクサーですが、フェザー級、スーパーフェザー級、ライト級の3階級を制覇しています。

私がホルヘ・リナレスを初めて見た試合は、世界王座に初挑戦したオスカー・ラリオス戦でしたが、「パッキャオを倒せるのはホルヘ・リナレスじゃないか?」と思ったほど才能を感じていました。

スピード、コンビネーション、ディフェンス、フットワーク、スタミナ、パワー、全てが一級品のボクサーでしたね。

しかし階級を上げると本来の打たれ弱さも垣間見え、ごり押しのパワーファイターの前では、序盤でKO負けしてしまうなど不遇の時代もありました。

直近ではロマチェンコから初のダウンを奪う等、今もなお活躍中の選手です。

 

4位 勇利・アルバチャコフ

私は学生時代にボクシングを習っていましたが、当時は勇利・アルバチャコフをお手本としていました。

上下のフットワークから繰り出される正確無比なジャブ、そして、そのジャブで距離とタイミングを計り、一瞬の隙で繰り出される大砲(右ストレート)でKOする、そんな勇利のファイトスタイルが大好きでした。

しかしその強さに見合っていないファイトマネーの安さから、世界タイトルを獲ってからはモチベーションが低下し、パフォーマンスを最大限に活かしきれなかったように思えます。

勇利がベストパフォーマンスを発揮したならば、スーパーフライ級時代の井上尚弥でも…大激戦になったんじゃないかなと思います。

 

3位 内山高志

(出展元:http://akatsuki18.hatenablog.com/entry/2015/05/06/001811)

内山高志は、日本人は獲ることさえ難しいと言われたスーパーフェザー級王座を、なんと11度も防衛しています。

元世界スーパーフェザー級王者である畑山ですら、「内山選手だけはものが違う」と言っていたほどで、まさに真の強豪にも通じる本物の強さを持っていました。

しかしジムの方針なのか本人の意向なのかは不明ですが、結局、海外の強豪らしい強豪とは一度も対戦することなく、現役生活を終えてしまいました。

ドネアを倒したウォータースや、フェザー級の絶対王者であったガンボア、今もなお活躍中のマイキー・ガルシアなどと対戦の噂はあったものの、結局噂は噂のままで終わってしまいましたね。

内山高志は間違いなく、世界のトップコンテンダーであっただけに非常に残念です。

とはいえ、日本人でスーパーフェザー級王座を11度も防衛に成功したことは、快挙以外の言葉はありません。


2位 長谷川穂積

(出展元:http://torendosokuhou.com/archives/6186)

バンタム級王座を10度防衛したスーパーチャンプです。

長谷川穂積のボクシングは、普段ボクシングをあまり見ない素人から、観戦玄人まで、見る者全てを魅了させるボクシングの美しさがあります。

私は、当時バンタム級の絶対王者として君臨していたウィラポンを判定敗った長谷川を見た時に「長谷川穂積は、長く王座に君臨するだろうな」と感じていました。

スピード抜群で、カウンターのセンスも素晴らしく、なぜKO率が低いのか分からないほどパンチのキレも抜群にありました。

平成時代、私が最も好きなボクサーが長谷川穂積です。

 

1位 井上尚弥

(出展元:https://www.bbm-japan.com/_ct/17251374)

言わずと知れた井上尚弥は、平成のボクサーというよりも平成と令和をまたぐ最強ボクサーです。

長谷川穂積でさえ、内山高志でさえ、本当の世界へと羽ばたくことは叶いませんでしたが、井上尚弥は日本人が誰も見たことがない世界へと今羽ばたいています。

「井上尚弥は日本ボクシング史上の最高傑作である」、とはよく言われますが、まさしくその通りで、PFP上位に名を連ねる日本が誇る最強ボクサーです。

アジアの英雄である、マニーパッキャオに続くスーパースターになってほしいですね。

 

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